公共インフラコールセンターが挑んだカスハラ対策│JR西日本カスタマーリレーションズに学ぶ、0からのガイドライン策定と組織の守り方
2025/12/22
- 品質向上
- 定着率向上
- 従業員満足度向上
- 顧客満足度向上
「悪質なクレームから従業員を守るにはどうすればよいか?」
鉄道をはじめとする公共交通機関のコールセンターは、生活インフラであるがゆえに、すべてのお客様に公平なサービスを提供しなければならないという難しい事情を抱えています。
株式会社JR西日本カスタマーリレーションズ(以下、JR西日本CR)は、特に2020年頃から目立つようになってきた対応に苦慮するお問い合わせをきっかけに、カスハラ対策に本格着手しました。
「従業員を守りながら、企業としての責任を果たしていく」――この難題に、同社はたった4人の小さなチームから挑戦を始めました。 今回は、同社 経営企画部の松浦様に、0から作り上げたガイドライン策定の裏側と、そこで得たノウハウを社会に還元する「カスハラ対策支援サービス」についてお話を伺いました。
【ご登場者紹介】

■株式会社JR西日本カスタマーリレーションズ
経営企画部 松浦 様
総務企画(人事・バックオフィス業務)と営業企画(自社スキル・ノウハウの外販)を担当。カスハラ対策ガイドラインの立ち上げから、現在のカスハラ対策支援サービスの企画・実施まで、一連の取り組みを担当。
カスハラ問題に対するJR西日本カスタマーリレーションズの見解
――昨今、社会問題化している「カスタマーハラスメント(カスハラ)」ですが、御社ではこの問題をどう捉えていますか。
松浦様:
一部の人物による悪質な行為によって、従業員や善良なお客様に負担がかかることは断じて許されません。適切な「基準」と「ルール」を整備し、毅然と対応することは、従業員を守るだけでなく、結果としてサービスの質や企業価値を守ることにつながると考えています。
――鉄道事業という公共交通機関ならではの「難しさ」はどこにあるのでしょうか。
松浦様:
最大の難点は、私たちが「幅広いお問い合わせに対応する必要がある窓口」であることです。
JR西日本お客様センターは、広く開かれた生活インフラの窓口です。悪質な行為があったからといって、安易に「今後一切対応しません」という判断はできません。本当に必要なときの情報提供まで絶ってしまえば、お客様の社会生活を脅かすことになりかねないからです。
『複数回の悪質行為があるから即対応終了』という単純な判断ができない難しさ── ここが、公共交通機関ならではの特性だと感じています。

取り組み前の課題
――対策に取り組み始めたきっかけを教えてください。
松浦様:
2020年頃、故意にトラブルを起こす特定の悪質なケースが目立つようになりました。
大量のリピートコールや、個人的な思いを一方的に主張し続けるケース、さらには故意に従業員を困らせる言動や、大声や暴言も見受けられました。
このようなケースは全お問い合わせ件数のうちの数%ですが、特定の顧客による悪質な行為が長期間にわたって繰り返されるため、現場オペレーターの精神的な負担は計り知れないものがありました。中にはこうした対応を気に病んで、就業困難となってしまうオペレーターもいました。
「オペレーターやSVたちの精神的負担を軽減したい。明らかに悪質なら対応を終了してもいいはずだ。しかし、そのための明確な『基準』がない。」
この問題意識から、ガイドライン作成に着手しました。
――どのような体制でスタートしたのですか。
松浦様:
最初は非常に小さなチームでした。
事業部長をリーダーに、現場の主任クラス2名、そしてガイドライン作成担当の私の計4名です。 前例のないものを0から形にする作業は、まさに手探りでした。「方針をどう定めるか」「この表現で正しいのか」と自問自答を繰り返す日々でした。
カスハラ対策の取り組み内容
――ガイドライン作成はどのように進められたのでしょうか。
松浦様:
弁護士事務所の資料や厚生労働省のガイドラインなど、外部の知見を参考にしつつも、最終的には「企業として私たちが“正”と考えるものを示す」という覚悟を決めたことです。
チームで何度も意見交換を行い、「従業員の負担を少しでも減らしたい」という原点に立ち返りながら、自社の実情に即したルールへと落とし込んでいきました。
――完成したガイドラインはどのような構成になっていますか。
松浦様: 現場で実際に「正しく使える」ものにするため、3つの重要な要素を盛り込みました。
- トップメッセージ
社長から全従業員へ「会社は従業員を守る」という意思を明文化。 - 顧客対応における基本姿勢
カスハラは容認しないが、正当な意見には真摯に向き合うというスタンス。 - 具体的な対応方法(現場マニュアル)
「どんな言動がNGか」「どの段階で上司(SV)に代わるか」「お断りの言い回し」など具体的に明記。
――現場への浸透で意識したポイントはありますか。
松浦様:
「わかりやすさ」と「繰り返し」です。 抽象的な表現は避け、「これならできそうだ」とイメージできるレベルまで具体化しました。また、一度伝えて終わりではなく、業務の中で繰り返し参照してもらうことで、従業員の心理的ハードルを下げていきました。
「正当なクレーム」と「カスハラ」の線引きについて
――最も難しいのが正当なクレームとカスハラの線引きだと思います。御社ではどのように定義しましたか。
松浦様:
主に「申告内容の悪質性」「態度・手段の悪質性」「従業員や企業のパフォーマンスへの悪影響」の3点を基準としています。
| 1. 申告内容の悪質性 |
| 2. 態度・手段の悪質性 |
| 3. 従業員や企業のパフォーマンスへの悪影響 |
さらに重要なこととして、カスハラに該当する行為が見られたからと言って、安易にカスハラと決めつけてしまうことは禁じています。「当社側からやめていただくようにお願いしているにもかかわらず、悪質行為を継続した場合」に初めてカスハラと認定することとしています。
――基準の設定で苦労された点は?
松浦様:
「何分以上」「何回以上」といった数値基準も設けましたが、その妥当性は何度も見直しました。
最終的には、経営層から「ここまでやっていれば十分だ。」と評価されるレベルまで基準を高めました。これは、「万が一訴訟になっても耐えうる根拠」を残し、従業員が安心して対応できるようにするためです。

【JR西日本カスタマーリレーションズのカスハラ認定の定義】
導入後の効果
――取り組みの結果、どのような変化がありましたか。
松浦様:
劇的にカスハラ件数が減ったわけではありません。しかし、現場の空気は大きく変わりました。
最大の成果は、オペレーターやSVが、「ダメなものはダメ」と自信を持って言えるようになったことです。
オペレーターには「何かあればSVにすぐ相談ができる、サポートしてもらえる」という安心感が生まれ、SVも「ここまでは対応し、ここからは切電対応できる」というゴールが明確になりました。 共通の具体的な基準ができたことで、組織全体の心理的負担が大幅に軽減されたと感じています。
「カスハラ対策支援サービス」について
――JR西日本CRの「カスハラ対策支援サービス」について教えてください。
松浦様:
当初は社内課題の解決だけが目的でカスハラ対策に取り組みましたが、試行錯誤して培ったノウハウは、同じ悩みを持つ多くの企業の力になれると気づきました。
それが「カスハラ対策支援サービス」です。
主なサービスは、「マニュアル作成支援」と「研修実施」です。
一般的な理論だけでなく、「現場で本当に使えるか」「企業の風土に合っているか」を重視しています。 例えば、まだ取り組み初期の企業様には基礎知識の定着を、ある程度進んでいる企業様には具体的なケーススタディを提供するなど、各社のニーズに合わせてカスタマイズを行っています。
また最近では、LINE WORKS株式会社様との協業で、東京都の「カスタマーハラスメント防止対策推進事業」にも参画しています。
ツールなどの「設備面」と、私たちが提供する「マニュアル・申請サポート」の両輪で、主に中小企業を対象にサポートを行います。
▼東京都カスハラ対策・助成金に関する参考記事はこちら:
【2025年6月申請開始】カスハラ対策に最大40万円!東京都の奨励金・補助金制度を徹底解説
カスハラ対策に取り組む担当者へのメッセージ
――最後に、これからカスハラ対策に取り組む企業の担当者へメッセージをお願いします。
松浦様:
「何から手をつけたらいいか分からない」と悩まれる担当者様は多いですが、決して特別なことではありません。
大切なのは、「自社としてどうあるべきか」という軸を持つことです。顧客対応の正解は、外部ではなくその企業の中にあります。
トップが「従業員を守る」という意思を示し、自社の軸を定めてルール化する。
私たちも最初は手探りでしたが、突き詰めて考えれば、おのずとやるべきことは見えてきます。 もし、その過程でお困りであれば、私たちが伴走し、解決のお手伝いをさせていただきます。

株式会社JR西日本カスタマーリレーションズ 様
【公式サイト:https://jw-cr.co.jp/index.html 】
株式会社JR西日本カスタマーリレーションズは、JR西日本グループのお客様センターとして、鉄道をはじめとする各種サービスに関するお問い合わせ・ご意見への対応を担う企業です。 社会インフラを支える鉄道事業のフロントラインとして、お客様の声に真摯に耳を傾けると同時に、従業員の心理的安全性を守る取り組みを推進し、そのノウハウを生かしたカスハラ対策支援サービスも展開しています。
最後に
公共交通機関のコールセンターを担っているため、すべてのお客様に公平なサービスを提供するという使命を持つJR西日本CRでは、カスハラ対応の判断が一般企業以上に難しい環境があります。
その中で同社は、小さなチームからゼロベースでガイドラインづくりに挑み、従業員の心理的安全性と企業としての品格の両立を実現してきました。
松浦様が語られた「顧客対応の正解は、その企業の中にある」という言葉は、カスハラ対策に悩むすべての企業にとって、力強い道しるべになるはずです。
判断基準が曖昧で現場が疲弊している、何から始めればいいか分からない——そんな課題を抱える企業にとって、JR西日本CRの取り組みは今後の方針を考えるうえでの実践的な指針となるでしょう。
本記事が、貴社の次の一歩を後押しできれば幸いです。
【JR西日本グループ総合展示会のご案内】

JR西日本グループおよび関係会社約30社が出展し、各社の新たな取り組みや技術・サービスを紹介する総合展示会が開催されます。
■ 開催概要
日時: 1月27日(火)・1月28日(水)
会場: グランフロント大阪 北館B2階
▼ 展示会の詳細・来場登録はこちら
https://www.jrw-inv.co.jp/business/icd/
Writer編集者情報
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コネナビ編集部 平井 美穂
2012年、株式会社セントメディア(現:株式会社ウィルオブ・ワーク)へ入社。
コールセンターとオフィスワーク領域に特化した人材サービスに従事し、カスタマーサポートをはじめ、営業やキャリアアドバイザーなど幅広い職務を経験。
現場で培ったCS対応力と人材支援の知見を軸に、採用や運営における課題解決を支援。
2022年からは、コンタクトセンター業界の情報サイト「コネナビ」編集部の責任者として、業界の課題に寄り添う情報発信を推進。
企業向けメディア「コネナビ」と求職者向けメディア「コネワク」を通じて、ユーザーの課題解決と業界の成長に貢献することを目指している。
趣味: 森林浴、神社巡り、アートに触れること
特技: 細かい点に気づくこと


